東京地方裁判所 昭和26年(ヨ)4042号 決定
申請人 小島康平 外一名
被申請人 学校法人共立薬科大学
一、保証 無保証
二、主 文
被申請人が、昭和二十六年七月六日申請人らに対してなした解雇の意思表示は、その効力を停止する。
三、理 由
第一、申請人ら代理人は次の通りの趣旨の仮処分を求めた。
(一) 仮に申請人Aが被申請大学の助教授図書館長であり、同Bが被申請大学の助教授である地位を定める。
(二) 被申請人は、申請人Aに対し被申請人の設置する共立薬科大学第二学年及び第三学年化学の講座を、申請人Bに対し第二学年及び第三学年の薬品分析化学の講座を夫々担当させねばならない。
第二、疏明によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 被申請人学校法人共立薬科大学は以前は財団法人共立女子薬学専門学校と称し、共立女子薬学専門学校及び昭和二十四年四月以降はこれに併せて共立薬科大学を設置経営して来たが、私立学校法施行に伴いその組織を変更して学校法人となり、昭和二十六年三月十四日その旨の登記を了し同年四月以降は共立女子薬学専門学校を廃止し、教育基本法及び学校教育法に従い、薬学教育を施す学校を設置するという目的達成のため現在共立薬科大学のみを設立経営していること。
(二) 申請人Aは、昭和二十三年四月被申請人の経営する共立女子薬学専門学校の講師として採用され同年十月同校教授となり、昭和二十四年四月一日共立女子薬科大学の図書館長を委嘱され、昭和二十五年十月同大学助教授を兼任となり、昭和二十六年四月一日期限二年の約定の下に共立薬科大学の助教授に採用されたこと。
(三) 申請人Bは昭和二十四年四月共立薬科大学の講師となり、昭和二十五年十月同大学助教授となつたが、昭和二十六年四月一日期限二年の約定の下に共立薬科大学の助教授に採用されたこと。
(四) 被申請人が申請人らに対し昭和二十六年七月六日申請人らを解雇する旨の意思表示をし、同月七日申請人らに到達したこと。
第三、よつて、前記解雇の当否について判断する。
申請人らに対する解雇の理由は被申請人の主張によれば、申請人らが徒に学閥的偏見から被申請人大学内に於て最も有能と認められるR教授の排斥を企て理事者に於てこの申請人らの希望を容れないと見るや一部の父母並に学生を煽動しその団体行動によつて理事者に反抗し、以て不法にその野心を貫徹すべく学の内外に亘り所謂学校騒動の主因をなしたものであるというに在り、疏明によれば昭和二十六年七月二十一日附の被申請人より申請人らに対する通告書を以て更に具体的に解職の理由として、申請人らは申請外Sと共に昭和二十六年五月十七日被申請人大学会議室で教授Rの排斥決議書に署名し、これに応ぜざるR教授を強引に会議室に拉致せんとし、表玄関に於て乱闘暴挙をなし、又会議室内に於て全教職員及多数の学生を集め父兄並に毎日新聞記者の面前に於て理事長はじめ理事者に対し聞くに耐えざる罵詈暴言を吐き大侮辱を加えたる行為は教育者として言語同断なもので学園の秩序を破り校紀を乱したもので斯の如き教員に今後引続き教鞭を執り学生を托すことは純情なる学生の思想上に及ぼす影響を考慮して教育者として不適格と認め解雇する旨通告したことが認められる。
而して、疏明によれば、共立女子薬学専門学校においては、昭和二十三年七月頃新制大学設置の認可申請をしたが、その頃当時のD校長が同校の教授中よりR教授のみを新制大学教授に推薦したことに端を発し、同窓生その他の間にE、F、G等の同校教授等をも新制大学の教授、助教授に推薦せよとの運動が起りこれを校長に迫る等の紛争のあつたこと、昭和二十四年四月D学長のもとにH、R、I、J、Kを教授として新制大学が発足し、右専門学校と併立するに至り、これらの教授によつて授業担当、時間割等が定められたが一般教職員の拒否するところとなり、専門学校関係の教職員の要望に副い教職員会議が設けられ、これによつて授業担当等が定められるに至つたこと、その頃R教授を排斥する運動があつて学校内に紛争があつたが父兄会の斡旋により解決しRとE、F、H、K等は協力して学校の運営に努力することとなつたが漸次Rと他の者との間に対立を生ずるに至り昭和二十六年二月頃Rが学長候補として理事長のもとに推薦されたとの報が伝えられるやE、Fらは挙つて反対し他の教職員もこれに加わりRと他の教職員の対立も激化して来たこと、昭和二十六年四月にはK、L、Mの三名が被申請人の要請によつて退職するや、これに不満を感じた申請人両名が被申請人の措置を不明朗として右三名のため種々奔走し、他方学生の一部にも被申請人の右措置を不満とする動きが出て来たのであるが、同年五月五日の薬業新聞に学長の後任をめぐつて派闘的争いがあり、そのため右三名が追い出され、Rがこれら三名の反対派の雄にして理事と提携して右三名の追い出しに努力したこと、Rの言動には以前からとかくの問題のあつたこと等を思わせる記事が掲載されるに至り、学校内の紛争も激しくなり父兄会の一部同窓会学生の一部も反Rの立場において活動するに至つたこと、申請人Aは右新聞記事の提供者と目され同年五月十二日N理事長に質問され、関係なき旨を強調したが直に申請人Bと共にE学長代理に辞表を提出し同学長代理はこの辞表を撤囘させる一方、同月十七日教授会を開いてR教授に辞職を勧告する旨を決議し、助教授その他の教職員を招いて右決議に賛成する旨の署名を求め、教職員の殆ど全員の署名を得たのでN理事長及びその他の理事の出席を求め、父兄並に学生の一部毎日新聞記者等もいた教職員の会合の席上で、決議の趣旨を伝えたところ、理事長より拒否されて、会場騒然とし理事長等に対し「十万円やるから理事長出て行け」「理事総退陣せよ」「貴様らはいつまでこの学校を食いものにする気か」などという暴言がなされ、また理事長からも「EもFも明日は我身だ気をつけろ」「先生も学生もこの学校がいやならいつでも出て行け云々」「単に顏が丸いから四角いから気に食わぬからとて首を切つていたら学校経営はできぬ」などとの発言のあつたことが一応認められる。
(イ) 疏明によれば、申請人Aが終始反Rの立場に立ち同人及びN理事長に対し反感を有していたこと、薬業新聞の記者Oと従来より交渉のあつたこと、昭和二十六年五月頃教科書問題につきRの責任を論議したことは認められ、被申請人が前記新聞記事の提供者として申請人Aを疑うのは酌むべき事情のないものとは言えないが、右事情のみで申請人Aを記事の提供者と目することの不当なるは言うまでもないことであり、他に右事実を認めるに足る何等の疏明もない。また、申請人Aが薬業新聞の記事につき理事長に質問されるや直に申請人Bと共に辞表を提出したことは、如何なる事情によるものか明らかでないが、疏明によれば、E学長代理がこの辞表をRに対する退職勧告の決議と関連せしめて処理した節が見られるので、右辞表の提出をもつて直に新聞記事の責任を負つたものとなすには疏明に乏しいと言わざるを得ない。
(ロ) 申請人A、Bが、前認定のような学校内の紛争において終始反Rの立場を持し、昭和二十六年四月のK教授外二名の退職につき理事ら及びR教授に反対して活動していたことは疏明によつて推察し得るが、また疏明によれば、父兄会の一部及び同窓会が右三名の退職をR教授の策動によるものとし右三名の復職とR教授の解職を要請するなどの活動をなし学生の一部にもR教授の言動を調査する等反Rの活動をなすものもあつて、これらは申請人A、Bの前記態度と方向を一にするものであることは、推察するに十分であるが、なお、疏明の範囲においては、前記三名の退職がR教授の策動によるものと認めるに足る資料なきをもつて、父兄会、同窓会、学生の前記のような活動は偏向的であるとの疑を覆い得ず何者かの煽動によるものとの疑を残すとは言え、申請人両名のほかに申請人らと同様に反Rの立場をとつていたものがあつたことは疏明により明であるので、以上の事実をもつて直に申請人両名が父兄会同窓会学生と連絡して活動し或はこれらを煽動したものと認めるに由なく、他にかような事実を認めるに足る疏明がない。尤も乙第十五号中には、申請人Aが自称父兄会長と称し云々との記載があるが他の疏明資料と比較対照するときは到底措信することが出来ない。
(ハ) 申請人両名が前記五月十七日の会合に出席し教授会の決議に賛成する署名をなし、申請人両名がR教授の出席を求めるため同人に折衝したこと及び申請人Bが右会合において理事らに対し「学校は先ず学生のためにあるものである。決して理事の私有物ではない」等積極的な発言をなしたこと並に申請人両名が相前後して前記のようにR教授の出席を求めるべく同人を呼びに出かけたところ、階下において、先にR教授を呼びに出かけたG助教授が、同人の腕をとらえ連れ行かんとして口論していたので、申請人両名がGに同調してR教授に出席を促したことは、疏明により認め得るが、申請人両名がR教授に対し暴行を加え、また理事長らに対し前記のような暴言を吐いたことは、これを認めるに足る疏明が不十分である。また申請人両名がE学長代理その他の教授、職員、父兄、学生に働きかけ前記会合を開かしめ前認定のような結果を来さしめたことについてもこれを認めるに足る疏明に乏しい。尤も乙第五号第十二号(昭和二十六年九月六日附Rの陳述書)第十三号(同年九月十五日附Pの陳述書)中には、右両名が暴行を為し、前記のような暴言を吐いたことの記載があるが、この疏明資料を乙第二号(同年七月五日附Rの提出する書面)第三号(同年八月一日附Pの提出する書面)と比較対照し更に申請人らの提出する疏明資料と対照して考えるときは、右記載はにわかに措信することはできない。
然らば、申請人両名が、かねてよりR教授に対し反対の立場を持し、昭和二十六年四月前記三名の退職に際し理事ら及びR教授に反対する活動をなし同年五月十七日の会合においてR教授に対する退職勧告の教授会の決議に賛成する署名をなし、他の教職員と共に理事長らに対し決議の趣旨を伝えたことについては疏明ありとなすべきも、申請人両名が父兄、学生を煽動し団体行動によつて理事らに反抗し所謂学校騒動の主因をなしたこと及びR教授に暴行を加え理事長らに罵詈暴言を吐き大侮辱を加えたことについては、その疏明足らざるものと言うほかない。而して右五月十七日の会合の席上理事長らに対し前記のような暴言をなすことは、もとより、教育に携るものとして適わしからざることであることは言うまでもないが、これを申請人両名の責に帰せしめるに足る疏明の足らざること前記のとおりである以上、申請人両名につき認められる前記言動をもつて、他の教職員と区別してこれを民法第六百二十八条にいう已むことを得ざる解除の事由に該当するものとなすに由なきものというほかない。従つて、被申請人が申請人両名に対してなした昭和二十六年七月六日附の解雇の意思表示はその事由を欠き期間の定めある雇傭契約の解除としてはその効力を生ぜざるものであつて、申請人両名と被申請人との間には従前の雇傭関係が存続するものと一応為さざるを得ない。
第四、申請人Aは母、弟、妹と四人家族で未だ独身であり、生活費及び妹(学生)の学費は申請人Aと弟が出し、住居は母名儀のものがあり軽井沢に山荘があること、申請人Bは天神堂という薬局を開設していることはいずれも疏明がある。而して、雇傭関係にあつては、通常被傭者の生活の資の大部分がこれにより取得されている関係にあると共に被傭者の生活関係の大部分は継続的にこれに拘束されている関係にあるものと考えられるので、雇傭関係が存続するに拘らずそれが終了したものと取扱われることは、一旦離職すると容易に就職し難い今日の社会状勢のもとにおいては、単に被傭者が生活資金に欠き困窮するに止まらず、その生活関係を甚しく変更しこれに多大の不安焦燥を生じこれを甚しく不安定にするものと考えられ、被傭者の受くる損害は単に金銭的たるに止まらないものと考えざるを得なく、かような損害をさけるためには、通常仮処分の必要あるものとなさざるを得ない。申請人らが、前記のように幾分の資力を有することはこれを認め得るが、これをもつて申請人らが、被申請人との雇傭関係をその生活関係において重要なものとしていたこと及び雇傭関係を終了したものと取扱われても、生活に困窮せずその他の損害にも耐え得るものとなすには、不十分と言うほかなく、他にこれを認めるに足る特段の事情の疏明がないので通常の場合と同様に、申請人らには、前記損害を避くるため、なお仮処分の必要あるものと為さざるを得ない。申請人らに対する解雇が無効であつて、申請人らと被申請人との間に従前の雇傭関係が存続しているものと一応認めるべきことは前記の通りであり、また申請人らが被申請人より助教授として依嘱され助教授として化学或は薬品分析化学の授業を担当していたこと並に申請人Aが図書館長を兼ねていたことは、疏明により明らかであるが、申請人らの受くる前記損害を避けるためには、必ずしも常に右と全く同様な関係を仮に設定する必要ありとはなし難く、被申請人学校においては昭和二十六年八月末教養課目を除くその余の課目の教授その他を一旦退職せしめて新に教授講師を多数任命し、その授業担当を定め、授業を継続していること及び被申請人学校においては、授業担当は教授会の議によつて定められることが疏明によつて認められまた疏明によれば、被申請人学校においては従来教授の数も少く制規の教授会も設置されていなかつたが、右任命とともに学校運営上にも変化がうかがわれるのに助教授の任命につき従来通り被申請人学校が教授会に諮問その他を要せず自由に為し得るかについてこれを明らかにする疎明に乏しいので、これらの事情に照せば、申請人らをして仮に助教授たる地位につかしめ、その地位のもとに前記授業を担当せしめることは、適当とは為し難く、一応従前の雇傭関係が存続すると同様の取扱を受ける状態を仮に設定すれば足るものと考えられるので本件仮処分の申請の趣旨に照し、被申請人の任意の履行により仮処分の目的を達し得るものと認められる本件においては被申請人が申請人らに対し為した昭和二十六年七月六日の解雇の意思表示の効力を停止するをもつて足るものと考えざるを得ない。
よつて、申請人らの本件仮処分申請を相当と認め主文のとおり決定する。
(裁判官 脇屋寿夫 三和田大士 丸山武夫)